裁判
- 2007/12/08(土) 21:37:45
タイトルに他意はない、ここ数年は裁判所に足を踏み入れた事がないから。
本の話だし、まあ一般論だが。
普通「裁判」とは普通の人には滅多に縁がなく、「最終的な判断」を仰ぐ神聖な場所というイメージをもつが、必ずしもそうではないという問題提起が本書だ。
当事者と(重要な事案の場合は)傍聴者以外を締め出した空間の中で行われている「裁判」という「非日常的な場」では、普通の社会人なら驚いて開いた口が塞がらないような「裁き」が下されているという。
事例を読み進めるうちに暗澹たる気持ちになるのはオレだけではあるまい。
子供の頃から受験戦争に晒され、法学部(決してNA大みたいな駅弁ではない)を優秀な成績で卒業し、合格率3〜5%の司法試験を通って、司法修習で純粋培養される。しかもその期間に素直で好成績な者がリクルートされて裁判官になるという。これでは官僚裁判官が量産されるのも仕方ないだろう。
モンテスキューが「法の精神」の中で「三権分立」を唱え、もって権力の集中・濫用を防止し、国民の政治的自由を保障するシステムとしたのも今や形骸化して久しい。(まるで中学生の社会科の教科書のようだ。嗚呼・・・)
裁判員制度には批判的だったが、この本のせいでちょっとばかり考えが変った。
「裁判官が日本を滅ぼす」門田隆将・新潮文庫・¥590+税
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